和訓「ウゴク」の調査

和訓「ウゴク」の調査

池田証寿

2024年12月22日~26日

はじめに

観智院本『類聚名義抄』(以下、名義抄)の注釈を進める参考とするため、次の点を確認する。

  1. 『日本国語大辞典 第二版』表記欄収録の漢字
  2. 『訓点語彙集成』収録の漢字
  3. 『群書治要経部語彙索引』収録の漢字
  4. 和訓「ウゴカス」「オゴク」「オゴカス」
  5. 『爾雅』と『広雅』に収録の漢字

『類聚名義抄』収録の和訓「ウゴク」とその漢字

「ウゴク」の単字訓

名義抄では、次の34字に「ウコク」の単字訓がある。「偽僞」のように異体字を併記するものは一つにまとめた。名義抄の出現順に示す。

債 搯 僤 僞 傾 化 趡 吸 觸 頷 扤 㨔 捭 揣 振 掉 搖 拂 浪 訛 蹶 躁 蹈 蹌 忧 戁 悼 憤 震 蕱 業 動 感 舋

このうち次の11字には声点が付されており、第二音節「コ」が濁音であることが確認できる。

傾 化 觸 頷 扤 㨔 捭 振 掉 搖 訛

声点のない「ウコク」も「ウゴク」の和訓として扱うこととする(「ウゴカス」「オゴク」も同様)。

この他に、「潎〻」に熟字訓「ウコク」の例があるが、ひとまず検討対象から除く。

「オゴク」「ウゴカス」の併記

次の5字は「オゴク」を併記している。

扤 蹶 震 動 感

次の8字は「ウゴカス」を併記している。

振 掉 搖 浪 訛 躁 悼 蕱

問題が複雑にならないよう、まずは、和訓「ウゴク」を持つ34字について、『日本国語大辞典 第二版』(ジャパンナレッジ版、「日国」と略)の「表記」欄、『訓点語彙集成』、『群書治要経部索引』での収録を調査する。

その後、「ウゴカス」「オゴク」「オゴカス」の調査結果を簡略に示す。

『日本国語大辞典 第二版』

日国ID付与

日国の「うご・く 【動】」の「表記」欄(以下、「日国表記欄」)を対象にして、漢字の収録を確認する。他資料と照合する便宜のため、日国表記欄の収録の確認は、ジャパンナレッジ版のURLをIDとして付与することで行う。

名義抄の和訓「ウゴク」を持つ34字のうち、日国表記欄に収録されているのは、次の27字である。

僤 僞 傾 化 趡 吸 觸 扤 㨔 捭 揣 搖 拂 浪 訛 蹶 躁 蹈 蹌 悼 憤 震 蕱 業 動 感 舋

日国表記欄に収録されていないのは、次の8字である。

債 搯 頷 振 掉 躁 忧 戁

日国表記欄収録の漢字

日国「うご・く 【動】」の表記欄に収録がある例は、字類抄をはじめとする諸辞書に例があり、字義と和訓との対応に問題が少ないように思われる。

「動」は字類抄、和玉篇など12種の古辞書に同訓が見える。 同様に、「搖」は9種、「震」「感」は3種の古辞書に同訓が見える。 例示は略す。

次の8字は字類抄に同訓が見える。

僞 觸 㨔 捭 拂 蹈 憤 舋

次の4字は和玉篇に同訓が見える。

蹶 趡 業 僤

名義抄のみの例は、次の5字である。

化 傾 揣 吸 蹌

日国表記欄で名義抄のみの漢字

上に述べた名義抄のみの5字を個別に検討してみよう。

「化」は説文「教行也」とあり、上の教えが行われて下の心情や風俗が改まる意。諸橋『大漢和辞典』や『故訓匯纂』を見ても「動也」の義注は見当たらない。『訓点語彙集成』には「化」に「ウゴク」の訓を採録しない。名義抄の「ウゴク」には「平平濁◯」の声点が施されており、しかるべき典拠があったと推定される。「吪」は説文「動也」とあり、万象名義・広韻も同じ。毛詩・王風・兔爰「尚寐無吪」伝「吪、動也」とあり、静嘉堂本毛詩鄭箋は「尚コヒネカハクは寐イネて吪ウコクこと無シ」とある。観智院本「吪」の和訓は「カシコマル」のみであり、「吪」の訓「ウゴク」を「化」の訓として誤って収録したのであろう。

「傾」は説文「仄也」とあり、かたむくの意。諸橋『大漢和辞典』と『故訓匯纂』に「動也」の釈義を見出さない。字類抄は「動ウコク」(ウ・辞字)と同訓とする。

「揣」は説文「量也」とあり、はかるの意。広雅・釈詁一「揣、動也」とあり、万象名義にも「動也」とある。 ちなみに広雅には「顉𢕕振訊搖扤𧑘慂奮勨撼㧡擡揌掉捎扮揮揣摷抁搈𧘂㑐賦蝡東風動也」とあり、「顉」以下「風」までの28字を「動也」としている。

「吸」は説文「内息也」とあり、すう、息を引き入れるの意。楚辞・九歎・思古「雲吸吸以湫戾」王逸注「雲動貌也」(『故訓匯纂』による)。「吸吸」は雲の動くさま。「湫戾」はまきもどる、曲がるの意。

「蹌」は説文「動也」とあり、万象名義・宋本玉篇・広韻も同内容。うごく、よろめくの意。

「ウゴク」の和訓を持つ5字(化・傾・揣・吸・蹌)のうち、「揣」「吸」「蹌」の3字は中国側文献に字訓の典拠が確認できた。「化」は「吪」との混同が疑われる。「傾」は中国側文献に字訓の典拠を見出していないが、字類抄に同訓があり、日国表記欄に収録することは差し支えないであろう。

日国表記欄に未収の漢字

「債」は説文「債負也」、広韻「徵財」「負財」とあり、かり(借)の意。字義に合わない。形近字「僨」は説文「僵也」(たおれる意)とあるが、万象名義「動也」とあり、この字義に合う。春秋左氏伝・僖公十五年「張脈僨興」の杜預注「僨動也」とあり、万象名義の元となった原本玉篇はこれを引いたのであろう。

「搯」は説文「捾也」とあり、万象名義「捾也」、宋本玉篇・広韻「搯捾」とあり、取り出す意。「搯」に字形の近い「掐」は説文「爪刺也」とあり、つまむの意だが、三巻本『色葉字類抄』(以下、字類抄)の「掐」に「動ウコク」(ウ・辞字)と見える。

「頷」は説文「面黄也」とあり、顔が黄色い、顔色が悪いの意。方言・十「頷、頤頷也。南楚謂之頷」とあり、おとがいの意。文選・魯靈光殿賦「頷若動而躨跜」の呂延濟注「頷、動也」とあり、動く意。また、字類抄「領」に「動ウコク」(ウ・辞字)とあり、佐藤喜代治『色葉字類抄略注』は、黒川本、「領」は「頜」または「頷」の誤りとする。

「振」は万象名義・宋本玉篇「動也」とあり、字類抄にも「動ウコク」(ウ・辞字)と同訓がある。これは日国の採録漏れであろう。

「掉」は説文「搖也」、万象名義「搖也」とあり、ふる、動かすの意あり、字義に合う。字類抄同訓「動ウコク」(ウ・辞字)。

「躁」は説文にないが、万象名義「動也」とあり、広韻も「動也」とある。宋本玉篇「易云:震爲決躁。躁動也」とあるは、易・説卦による。「決躁」は強く動く意。名義抄は「ウゴカス」の「カ」に「ク」を傍書し、日国「うごか・す 【動】」の表記に収録する。日国は傍書の訓を採用しなかったのであろう。

「忧」は、説文「不動也」とあるが、段注は宋本玉篇により「心動也」と改める。宋本玉篇「心動也」、広韻「動也」とあり、心動くの意。

「戁」は、説文「敬也」とあり、つつしむ意。爾雅・釈詁「懼也」とあり、おそれるの意、爾雅・釈詁「動也」とあり、うごくの意。万象名義「恐、動、敬也」と「動」が見え、字義に合う。

日国表記欄に未収の8字のうち、「頷」「振」「掉」「忧」「躁」「戁」は、字訓の典拠が確認できるので、表記欄に追加してよい。 「債」「搯」はそれぞれ形近字「僨」「掐」との混同とみなして、日国表記欄へ追加することができよう。

字類抄収録の漢字

次に、日国表記欄に収録の字類抄を確かめると、次の11字は名義抄と字類抄とに共通する和訓を持つ。

僞 觸 㨔 捭 搖 拂 蹈 憤 震 動 舋

名義抄になく字類抄にある和訓を持つのは次の10字である。

振 躁 悼 訛 撼 風 朔 掉 驚 浪

「振」は前述したように日国の単純な収録漏れである。

「躁」は「ウゴカス」で収録している。

「悼」は万象名義「動也」とある。

「訛」は爾雅・釈詁「訛、動也」とあり、名義抄「ウゴカス」の「カ」に「ク」を傍書して「ウゴク」を収録。

「撼」は万象名義「動也」とあり、名義抄「ウゴカス」とある。

「風」は広雅・釈詁「風、動也」とあるが、名義抄に「ウゴカス」も見えない。

「朔」は万象名義「動也」とあり、名義抄「ウゴカス」とある。

「掉」は説文・万象名義・宋本玉篇・広韻いずれにも「搖也」とあり、名義抄「ウゴカス」の「カ」に「ク」を傍書して「ウゴク」を収録。

「驚」は説文「馬駭也」とあり、馬が驚くの意。文選・羽獵賦「軍驚師駭」注「宋衷春秋緯注曰驚動也廣雅曰駭起也」とあり、九条本はこれを「軍驚ウコキ、師イクサ駭オ(キ)て」と訓んでいる。

「浪」は名義抄「ウゴカス」の「カ」に「ク」を傍書して「ウゴク」を収録。

以上のように字類抄の和訓「ウゴク」に問題はない。

名義抄・字類抄以外の漢字

「蠢」は『和玉篇』と天正十八年本『節用集』に例がある。

「𬔀」は『新撰字鏡』に例がある。

「行」「衝」「奮」「蕩」「諜」「䟏」は『和玉篇』に例がある。

「𡆣」は易林本『節用集』に例がある。

『訓点語彙集成』

築島裕『訓点語彙集成』(汲古書院、2007~2009年)を見ると、次の9字に和訓「ウゴク」の収録が確認できる。

動 岋 感 掉 搖 皷 行 駝 駭

「動」と「搖」は例が多い。 「動」は24文献に都合37例の「ウゴク」が見える。 文献番号、例数、書名、所蔵の順に示す。

08305001	1例	金光明最勝王經	西大寺
08505013	1例	大乗顯識經	知恩院
10080002	1例	蘇悉地羯羅經	高野山大學圖書館
10505024	4例	法華文句	東大寺圖書館
10870001	2例	妙法蓮華經	立本寺
10970003	1例	金光明最勝王經	西大寺
11005080	1例	往生要集	最明寺
11020007	2例	大毗盧遮那經疏	東京國立博物館
11130001	1例	文集	京都國立博物館
11140007	1例	大毗盧遮那成佛經疏	東大國語研究室
11230001	1例	辨正論	大東急記念文庫
11260001	1例	大慈恩寺三藏法師傳	法隆寺
11340007	3例	三教指歸注集	大谷大學
11350010	3例	極楽遊意	東大寺圖書館
11360001	1例	法華經單字	矢野長治郎
11450001	1例	醫心方	お茶の水圖書館
11630001	1例	大唐西域記	石山寺
12140002	2例	大唐西域記	醍醐寺
12410003	1例	古文孝經	内藤乾吉
12505010	2例	作文大體	天理圖書館
12505035	2例	文鏡祕府論	お茶の水圖書館
12505047	1例	文集	弘文荘
12840003	2例	弘決外典鈔	金澤文庫
13860001	1例	法華經音訓	版本 東洋文庫

「搖」は7文献に都合9例の「ウゴク」が見える。

11130001	2例	文集	京都國立博物館
11350010	1例	極楽遊意	東大寺圖書館
11380002	1例	文鏡祕府論	宮内廰書陵部
11630001	2例	大唐西域記	石山寺
12505035	1例	文鏡祕府論	お茶の水圖書館
12505047	1例	文集	弘文荘
13860001	1例	法華經音訓	版本 東洋文庫

この2字以外について、使用される文献の番号・所在、書名、所蔵を記す。

「岋」 09480002-33ウ4 漢書楊雄傳 上野淳一
「感」 13860001-42-5 大般若經音義 天理圖書館
「掉」 08305001-⑩193-10 金光明最勝王經 西大寺
「皷」 12005022-35オ6 大般若經音義 無窮會圖書館、12860001 大般若經音義 天理圖書館
「行」 11360001-11オ4 法華經單字 矢野長治郎
「駝」 11360001-43オ3 法華經單字 矢野長治郎
「駭」 09480002-15ウ2 漢書楊雄傳 上野淳一

名義抄に和訓「ウゴク」があるのは「感」「動」「掉」「搖」の4字である。

『群書治要』

小林芳規・原卓志・山本秀人・山本真吾・佐々木勇編,『宮内庁書陵部蔵本群書治要経部語彙索引』(汲古書院、1996)を見ると、次の3字に和訓「ウゴク」の収録が確認できる。

動 搖 震

この3字は名義抄も和訓「ウゴク」を収録している。

和訓「ウゴカス」「オゴク」「オゴカス」

名義抄

名義抄では次の30字に和訓「ウゴカス」の収録が確認できる。

僞 僨 婉 嫋 朔 扤 抌 撃 撼 擺 扮 揚 挺 揌 揮 振 掉 擺 擡 播 搖 杌 滌 浪 淠 訛 躁 悼 襜 蕱

名義抄では次の32字に和訓「オゴク」の収録が確認できる。

偆 衝 逸 運 妯 ⿰㚣辰 頋 扤 㨔 掬 撥 泅 蹶 踞 蹌 𮜂 𢥇 恌 憪 震 藉 蒍 𭣺 動 翕 盪 感 鼓 文 ⿰⿳艹冖豆支 駭 蜿蟮 

名義抄では次の3字に和訓「オゴカス」の収録が確認できる。

警 嫋 扤

最後の「扤」は「ウゴカス」に「オゴカス」を併記する例でもある。

字類抄

字類抄では「ウゴカス」「オゴク」「オゴカス」の収録を確認できない。

『訓点語彙集成』

『訓点語彙集成』では次の12字に和訓「ウゴカス」の収録が確認できる。

感 揮 鼓 動 鳴 戰 掉 搖 麾 躁 擊 𮜒

『訓点語彙集成』では次の5字に和訓「オゴク」の収録が確認できる。

居 挑 動 捶 搖

『訓点語彙集成』では次の8字に和訓「オゴカス」の収録が確認できる。

傾 鼓 動 鳴 遊 搖 轉移 撀

『群書治要経部語彙索引』

『群書治要経部語彙索引』では次の4字に和訓「ウゴカス」の収録が確認できる。

動 奮 感 盪

『群書治要経部語彙索引』では和訓「オゴク」「オゴカス」の収録は確認できない。

『爾雅』と『広雅』

『爾雅』

『爾雅』は十三経のひとつであり、訓詁の書である。作者は諸説あるが、不明。漢代には成立したとされる。経書の訓詁を集成し、釈詁・釈言・釈訓・釈親・釈宮・釈器・釈楽・釈天・釈地・釈丘・釈山・釈水・釈草・釈木・釈虫・釈魚・釈鳥・釈獣・釈畜の十九の部門に分けて漢字の意味を説明する。注釈として晋の郭璞の注、それに宋の刑昺の疏を合わせた『爾雅注疏』がある。 藤原佐世『日本国見在書目録』(891年頃)の論語家に「尒雅三巻 郭璞撰」と見える。

『爾雅』では、次のように「動也」の釈義を持つ漢字が釈詁に記載される。

娠蠢震戁妯騷感訛蹶動也

「娠」から「蹶」までの9字が「動」と同義(同訓)であることを示す。

同じく釈訓に次のように見える。

戰戰蹌蹌動也

「戰戰」と「蹌蹌」が「動」と同義であることを示す。

これら「動也」の義注を持つ漢字について、名義抄での収録状況を確認しておく。また、万象名義は原本『玉篇』の節略本であるが、原本『玉篇』に『広雅』はほぼ採録されていたと推定される。万象名義の義注に「動也」の有無も記す。

「娠」は「ハラム」「フルフ」の2訓があるが、「動也」に対応する和訓ではない。しかし次の項目「⿰㚣辰」に「オゴク」の和訓がある。『爾雅』の「娠」の記述をどこかの段階で誤ったものと推定される。万象名義「娠」には「動也」とある。

「蠢」は掲出字そのものが見えない。「蠢」は万象名義に見えず、宋本玉篇に「尺尹切。動也、作也。或作𢧔偆」の注文がある。名義抄は「偆」に「オゴク」を収録する。「𢧔」は掲出字そのものが見えない。「蠢」は『爾雅』にあることからすれば原本『玉篇』にあったと推定されるもので、万象名義はこれを脱落したものであろう。

「震」は「オゴク」に「ウゴク」を併記する。万象名義「動也」とある。

「戁」は「ウゴク」を収録する。万象名義「動也」とある。

「妯」は「オゴク」を収録する。万象名義「動也」とある。 「騷」は「サワグ」「ウレヘ」の2訓あるが、「動也」に対応する和訓ではない。「サワグ」は説文「擾也」、「ウレヘ」は広韻「愁也」とあり、和訓の根拠を確認できる。万象名義「動也」とある。

「感」は「ウゴク」に「オゴク」を併記する。万象名義「動也」とある。

「訛」は「ウゴカス」に「ウゴク」を併記する。万象名義「動也」とある。

「蹶」は「オゴク」に「ウゴク」を併記する。万象名義「動也」とある。

まとめると、爾雅・釈詁で「動也」の釈義を持つ9字のうち、万象名義に「動也」とあり、名義抄に「ウゴク」の類を収録するのは、「震」「戁」「妯」「感」「訛」「蹶」の6字である。

次に釈訓の例を見る。

名義抄において、「戰戰」は掲出字として採録がない。「戰」の項目に「ウゴク」とそれに関連する「ウゴカス」「オゴク」などの語の収録はない。 万象名義「戰」に「動也」は見えない。

天治本『新撰字鏡』には、その重点第百五十八に次のように見える。

戰〻 蹌〻 并動也。又儛踊也。

「蹌蹌」は、熟字の掲出字としては見えないが、単字掲出字「蹌」に「ウゴク」「オゴク」の和訓がある。万象名義「蹌」に「動也」とある。

新撰字鏡の「又儛踊也」の『爾雅』によるかどうか不明である。尚書・益稷「鳥獸蹌蹌」の經典釋文の注に「蹌、舞貌」とあり、これとの関連が推定される。

『広雅』

『広雅』(『廣雅』)は、魏・張揖撰。十巻。『爾雅』にならい十九の部門に注釈を増補。隋の曹憲が音釈を加えて『博雅』とする。注釈として清・王念孫『広雅疏証』十巻がある。 藤原佐世『日本国見在書目録』(891年頃)の論語家「廣雅三巻 張揖撰」と見える。

『広雅』の釈詁一に次のように見える。

顉𢕕振訊搖扤𧑘慂奮勨撼㧡擡揌掉捎扮揮揣摷抁搈𧘂㑐賦蝡東風動也

「顉」以下「風」までの28字に「動也」の釈義が施される。名義抄での和訓「ウゴク」の収録状況を確認しておこう。なお、「ウゴク」「ウゴカス」「オゴク」「オゴカス」を「ウゴク」の類と一括することがある。

「顉」は「五感反 ー傪揺頭」とあるばかりで、和訓は見えない。

説文・万象名義等には次のように見える。

顉頭 牛感反。《說文》:低頭也。《廣雅》:顉,搖也。謂搖其頭也。今江南謂領納搖頭爲顉傪,亦謂笑人爲顉酌。傪音蘇感反。(玄応一切経音義、巻第五、太子墓魄經)

顉 低頭也。从頁金聲。《春秋傳》曰:迎于門、顉之而巳。(説文解字、巻九、頁部)

顉 牛感反。搖也。(万象名義、第一帖、頁部) 顉 牛感切。《說文》云:低頭也。《左氏傳》云:逆於門者、顉之而已。杜預曰:顉搖其頭。亦作頷。又音欽。曲頤也。(宋本玉篇、巻第四、頁部) 顉 □感反。搖也。謂搖其頭也。(新撰字鏡、巻第二、頁部第十五) 顉 曲頥。又五感切。(広韻、平声侵韻、欽) 顉 曲頥之皃。又五感切。(同、上声寑韻、𩖄) 顉 顉䫩。五感切,三。(上声感韻)

「顉」は説文「低頭也」とあり、うなづく、頭をたれるの意。熟語「顉頤」は漢書楊雄伝に「顉頤折頞」とあり、その顔師古注に「顉、曲頤也。音欽」とあって、うなづくの意である。「折頞」は、はなばしらの低いの意。 万象名義は原本『玉篇』の節略本であるが、原本『玉篇』に『広雅』はほぼ採録されていたと推定される。以下では、万象名義の義注に「動也」の有無も記す。

「𢕕」は名義抄に収録されていない。万象名義にも「𢕕」は見えない。広韻「顉𢕕」(上声感韻)とある。

「振」は「ウゴク」「ウゴカス」を収録する。万象名義「動也」とある。

「訊」は「トブラフ」「トフ」「コフ」「ツグ」「トトノフ」を収録するが、「ウゴク」の類は見えない。万象名義「問也,訊也,辞也」とあるが、「動也」は見えない。

「搖」は「ウゴク」「ウゴカス」を収録する。万象名義「動也」とある。

「扤」は「ウゴク」「ウゴカス」「オゴク」「オゴカス」を収録する。万象名義「動也」とある。

「𧑘」は名義抄に収録されていない。万象名義にも「𧑘」は見えない。『広雅疏証』は「盪」に通用とするが、名義抄では「オゴク」を収録する。

「慂」は「音勇 滿 或勇字」とあるばかりで、和訓は見えない。万象名義に「慂」は見えない。『広雅疏証』は「涌」「踊」に通用とするが、「涌」「踊」「勇」のいずれにも「ウゴク」の類は見えない。

「奮」は「フルフ」を収録するが、「ウゴク」の類は見えない。万象名義「動」とある。

「勨」は「勨𠢰 養演二音 動也」と音注・義注を引くが和訓を収録しない。万象名義「動也」とある。

「撼」は「ウゴカス」を収録する。万象名義「動也」とある。

「㧡」は「マコト」「カムガフ」「カヌ」「スミヤカナリ」を収録するが、「ウゴク」の類は見えない。万象名義「動也」とある。

「擡」は「ウゴカス」を収録する。万象名義「動也」とある。

「揌」は「ウゴカス」を収録する。万象名義「動也」とある。

「掉」は「ウゴカス」「ウゴク」を収録する。万象名義「搖也」とある。

「捎」は「ハラフ」「スル」「ウツ」「*キル」「イタツラ」を収録し、「動也」とするが、「ウゴク」の類は見えない。万象名義「動也」とある。

「扮」は「ウゴカス」を収録する。万象名義「動也」とある。

「揮」は「ウゴカス」を収録する。万象名義「動也」とある。

「揣」は「ウゴク」を収録する。万象名義「動也」とある。

「摷」は「ツクス」「ツキヌ」「トル」「カカル」「サクリトル」「スツクル」「スクフ」を収録するが、「ウゴク」の類は見えない。万象名義「取也」とあるが、「動也」は見えない。

「抁」は「兖鋭二音 揺捎」と音注・義注を引くが和訓を収録しない。万象名義「動也」とある。

「搈」は「勇音 動也」音注・義注を引くが和訓を収録しない。万象名義「重挌也」とする。呂浩《篆隸萬象名義校釋》には次のように「動搈也」を誤写したと推定している。従うべきであろう。

《説文》作“動搈也”。《玉篇》同。疑《名義》“重挌也”為“動搈也”之誤。

「𧘂」は「マジハル」「ツク」「*ツマタ」を収録するが、「ウゴク」の類は見えない。「𧘂」と同字の「衝」に「オゴク」を収録する。万象名義「動也」とある。

「㑐」は名義抄に収録されていない。万象名義に「㑐」は収録されていない。

「賦」は「ムクユ」「マタラナリ」「カハル」「ナヤム」「クハル」「シク」「ハフ」「ユタカナリ」「イコフ」「ヒク」「ウタフ」を収録するが、「ウゴク」の類は見えない。漢文義注に「布也 斂也 税也 動也 量」とあり、「動也」が見える。万象名義に「敷也、布、班也、斂也、税也、兵、量」とあり、「布也」「斂也」「税也」「量」が共通する。万象名義に「動也」は見えない。

「蝡」は名義抄に収録されていない。「蠕」も収録がない。万象名義は「蠕」に「動也」とある。

「東」は「ヒムガシ」を収録するが、「ウゴク」の類は見えない。万象名義「動也」とある。

「風」は「カゼ」をはじめとして多数の和訓を収録するが、「ウゴク」の類は見えない。万象名義「教也,放,告也,衆也,聲也」とあるが、「動也」は見えない。

『広雅』についてまとめる。

「動也」の釈義を持つ28字のうち、万象名義に「動也」とあり、名義抄に「ウゴク」の類を収録するのは、「振」「搖」「扤」「撼」「擡」「揌」「掉」「扮」「揮」「揣」の10字である。案外少ないとの印象だが、この数値がどのような意味を持つかは、他の訓詁も調査して考察するのがよいだろう。

おわりに

「ウゴク」の単字訓は、名義抄34字あるのに対して、実際の文脈で使われた単字訓は、『訓点語彙集成』で9字、『群書治要経部』で4であり、かなり少ない。

名義抄の「ウゴク」の単字訓の典拠は、訓点資料によって確かめることができるものはそれほど多くない。 説文、爾雅、広雅、玉篇、広韻などの字書・韻書を参照して、名義抄の和訓の注釈を進めるのは、妥当な方法である。 そして、諸橋『大漢和辞典』、『故訓匯纂』などを参照して、字書・韻書がよった漢文典籍の訓詁をたどることが必要である。