音注

音注 #

音注の検討では、広韻の音注との比較が基本となる。 原撰本名義抄では、東宮切韻の引用頻度が高く、 切韻系韻書に由来する音注が改編本でも多くなっていると 予想される。 原撰本名義抄では、この他に原本玉篇、万象名義の引用が多い 東宮切韻と同程度あり、観智院本の音注についても照合が必要である。原撰本名義抄で引用頻度が 最も多いのは玄応の一切経音義であり、同様に観智院本の音注と一切経音義との照合するが必要である。 また、原撰本名義抄には和名抄由来の音注もあり、漢語の中古音の体系と相違することがある。

しかし、観智院本の音注は数え方にもよるが、約24,000あり、照合には時間を要する まずは、広韻を参考にして、掲出字の有無、所属韻、反切、小韻字などを調査する。 次に広韻に一致しない音注を、万象名義、宋本玉篇、一切経音義、 和名抄などについて、順次検討して行くということにする。

原撰本名義抄では直接的な引用はないが、改編本には龍龕手鏡の類似する項目があるので、 龍龕手鏡の参照も欠かせない。

音注の種類 #

表記形式では、 反切、同音字注、仮名音注、声点 がある。

内容では、 正音、漢音、和音、呉音がある。

反切 #

次は広韻に記載のない掲出字が連続して出現する箇所である。

K0101633    仱	紺音 渠廉反 古樂人
K0101634    佡	俗仚字 丘豉反 呼莚反
K0101641    ⿰亻企	俗企字

この3項目を注文の内容の相違により区切って出現順の番号を付して表示し、それぞれに解説を加えてみよう。

K0101633_01	仱	紺音	広韻になし。「紺」は広韻「古暗切」(去声勘韻)。
K0101633_02	仱	渠廉反	万象名義「渠廉反」。平声鹽韻羣母。
K0101633_03	仱	古樂人	万象名義「古樂人也」。
K0101634_01	佡	俗仚字	「仚」は説文「人在山上」。
K0101634_02	佡	丘豉反	広韻になし。「仚」は広韻「許延切」(平声仙韻)。「丘豉反」は去声寘韻渓母。「企」は広韻「丘弭切」(上声紙韻)、「去智切」(去声寘韻)あり、後者の音に対応。
K0101634_03	佡	呼莚反	龍龕手鏡「佡仚 許延反。輕也。二。」(巻1人部)。
K0101641_01	⿰亻企	俗企字		

最後のK0101641「⿰亻企」はUnicodeのu2cf7e(𬽾)にあるが、 環境により表示されない。GlypWikiで表示すると ⿰亻企となる。

さて、K0101634「佡」は広韻に見えない。万象名義や宋本玉篇にも見えない。 龍龕手鏡に「許延反」(平声仙韻)が見え、観智院本の「呼莚反」に近い。

観智院本は、この他「丘豉反」(去声寘韻)が記載されている。 この反切は玄応音義巻第四大灌頂經第一卷に

郁佡 丘豉反。經文作㑫、非也。(高麗本)

と見える。「佡」は金剛寺本・西方寺本同じだが、七寺本は「伱」に作る。

また玄応音義巻第五七佛神呪經第一卷に

目佡 丘豉反。(高麗本)

と見える。この箇所は古写本が少なく、七寺本が「伱」に作る。 このどちらかは決定できないが、観智院本の「丘豉反」は玄応音義によるとしてよいであろう。

大正蔵で大灌頂經の「郁佡」を探すと、佛説灌頂七萬二千神王護比丘呪經 (No. 1331 帛戸梨蜜多羅譯)に 「神名闍羅尼郁⿰亻企目*⿰亻企」(大正蔵21、496a)とあるのが該当するようである。 七佛神呪經の「目佡」を探すと、七佛八菩薩所説大陀羅尼神呪經 (No. 1332)に 「目⿰亻企」がいくつか使用されている。 「郁⿰亻企」「目⿰亻企」はいずれも梵語音訳の例である。

最後に問題とした3項目の前後の項目も見ておこう。

K0101632    㑫  俗捻字 又俗佡字歟
K0101633    仱	紺音 渠廉反 古樂人
K0101634    佡	俗仚字 丘豉反 呼莚反
K0101641    ⿰亻企	俗企字
K0101642    伱/你  尼(L")尒反 ナムチ イマ ヲヒ

掲出字をGlyphWikiで表示すると次のようになる。

㑫 仱 佡 ⿰亻企 伱 你

最初のK0101632「㑫」は玄応音義巻第四大灌頂經第一卷に「郁佡 丘豉反。經文作㑫、非也。」 とある注文の「經文作㑫、非也」が関連しよう。

また、「㑫」は、龍龕手鏡に次のように見える。

La0390903   㑫  俗。乃叶反。又舊藏作弃。在七佛神咒經。(高麗本)

高麗本龍龕手鏡は「㑫」を㑫に作るが、これは観智院本も同じである。

K0101642「伱/你」はその前の「佡」「⿰亻企」の類似字形である。

同音字注 #

同音字注は類音注ともいう。

仮名音注 #

声点 #

片仮名と誤認されやす反切 #

K0310343    楔  先結反 始死ー齒 又工八反 門雨邊木 ニハサクラ ニハクサ
K0401963    尬  工八反 又斤音 又五點反 ー尬行不正

最初の「楔」は広韻「古黠切」(入声黠韻、戛)、「先結切」(入声屑韻、屑)の二音あり、「工八反」は「古黠切」に対応。 「工八反」を正宗索引・草川和訓集成は「エハメ」で採録するが、和訓でなく反切とすべき例である。

二番目の「尬」は広韻「古拜切」(去声怪韻、誡)だが、万象名義「公八反」、新撰字鏡「公八公鎋二反」、宋本玉篇「公拜公鎋二切」とあり、入声黠韻の反切(「公八」)を記載する。正宗索引と草川和訓集成は「コハメ」で採録するが、和訓でなく反切とすべき例である。

参考文献 #

  • 吉田金彦「類聚名義抄にみえる和音注について」『国語学』6、44-53頁、1951年
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  • 渡辺修「類聚名義抄の呉音の性格」『大妻女子大学文学部紀要』1、37-44頁、1969年
  • 渡辺修「類聚名義抄の「呉音」の体系」『国語と国文学』47(10)、109-123頁、1970年
  • 渡辺修「類聚名義抄の和音の性格」『大妻女子大学文学部紀要』3、93-106頁、1971年
  • 田尻英三「図書寮本類聚名義抄の和音注の性格」『語文研究』33、1-12頁、1972年
  • 沼本克明「図書寮本類聚名義抄「真興音(和音)」論続貂」『国語と国文学』55(10)、54-68頁、1978年
  • 望月郁子「観智院本「類聚名義抄」の和音注―法華経字彙との関連において」『訓点語と訓点資料』63、1-26頁、1979年
  • 沼本克明「観智院本類聚名義抄和音分韻表」『鎌倉時代語研究』3、61-78頁、1980年
  • 武市真弘「類聚名義抄和訓の傍書の分類–音韻に関するものについて」『山口女子大学研究報告 第1部 人文・社会科学』7、41-44頁、1981年
  • 沖森卓也「観智院本類聚名義抄の和音の声調」『白百合女子大学研究紀要』18、58-98頁、1982年
  • 望月郁子「観智院本「類聚名義抄」の正音注―同音字注における図書寮本との一致を中心に」『人文論叢』41、77-96頁、1990年
  • 沼本克明「類聚名義抄に於ける濁音字母の歴史的位置」『国文学攷』132・133、10-22頁、1992年
  • 望月郁子「観智院本「類聚名義抄」の和音注一覧–「韻鏡」に則っての整理の試み-1-」『人文論叢』45(1)、131-172頁、1994年
  • 望月郁子「観智院本「類聚名義抄」の和音注一覧-2-「韻鏡」に則っての整理の試み」『人文論叢』45(2)、87-122頁、1995年
  • 佐々木勇「改編本『類聚名義抄』と三巻本『色葉字類抄』の漢音」『訓点語と訓点資料』116、29-51頁、2006年
  • 肥爪周二「濁音標示・喉内鼻音韻尾標示の相関–観智院本類聚名義抄を中心に」『訓点語と訓点資料』116、52-70頁、2006年
  • 佐々木勇「図書寮本『類聚名義抄』院政期点における漢音声調」『国語国文』75(4)、12-29頁、2006年
  • 鈴木裕也「改編本『類聚名義抄』における和音注の継承と増補について」『訓点語と訓点資料』144、82-104頁、2020年
  • 鈴木裕也「改編本『類聚名義抄』の呉音注と共通祖本について」『国語国文』90(2)、27-57頁、2021年